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批評性の無いサンプリング

m1を見た。
ここ数年では一番笑ったのだけれど、
また優勝したのは「巧い人達」で、
ついでに言うと、
これは最近漫才を見ていていつも思うことなんだけれど、
優勝の時のネタは、
2004年時に優勝したアンタッチャブルのネタの構造なりボケが
至るところに、露骨なまでに、散りばめられていて、

「笑いのデータベースを積極的に活用し、上手にアレンジするものが勝つ」という流れがここ3年続いていることで、

これは何とかしないとな、と思ったりする。
無自覚にサンプリングするだけでメタ参照的な姿勢のかけらも感じられない。
そういう動物化するポストモダン的な批評性は、
m1の時間的切迫の中では単なる冗長性としか作用しない、という空気を感じる。

ところで、私は、ノンスタイルとキングコングに対して、
心が全く開けないために、
彼らの漫才の中で笑いがドッカーンドッカーン来ていても、
単なる遠い会場から漏れてくる雑音としか処理できなくなる、
という、重たい症状を抱えているのだが、

昨日、
この症状と全く同じものを、
マコもずーっと抱えているという告白を受け、

二人で話し合ったには、
これは、一種の同時代性が原因ではないかということになった。

80年近辺に生まれた一部の人達は、
なぜだか、
『その資格が無いのに調子づいてる』感じ、あるいは、
『キャラが立ってないのに何かを演じようとする』感じ、あるいは、
『一生懸命頑張れば何とかなる』感じ、あるいは、
『みんなで協力して一つのものを作り上げる』感じ、
諸々に対して非常に敏感で、
かつそういう空気を感じる人達に対する許容性が極めて低い。

それは、
我々の世代に特有の、
何か特定のものにアツくなる感じに対して過剰なまで憎悪感(信頼性の欠如)に起因している。

研究所に行かねば。つづくかも。

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